第88章 一円たりともまけられない

電話を切ったあと、車内には気まずい沈黙がふわりと漂った。水野佑奈は視線をさまよわせ、反射的にエンジンをかけようとする。右手を伸ばした、その瞬間――体温を帯びた柔らかなものに触れてしまった。

「っ……!」

彼女の手は感電したみたいに引っ込み、乱れてもいない髪を両手でわたわた整える。とにかく何か喋って、この空気を割らなきゃ。

「……本当に、私の残業に付き合う気?」

川西拓海は曖昧に笑い、さっき佑奈に触れられた指先をゆっくり擦って、ひそかに残った感触を確かめた。

「暇なんだよ。お前、俺が会社の決定に口出さないっていつも文句言ってたろ。なのに、付き合って残業するって言ったら嫌なのか?」

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